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名古屋地方裁判所 平成2年(ワ)1092号 判決 1991年3月08日

原告

山内常三郎

被告

岩山よ志子

主文

一  被告は、原告に対し、金二四三万六三七二円及びこれに対する昭和六三年一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一〇一四万九三〇〇円及びこれに対する昭和六三年一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が左記一の交通事故の発生を理由に被告に対し自賠法三条により損害賠償請求をする事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故

(一) 日時 昭和六三年一月二九日午後七時一〇分ころ

(二) 場所 名古屋市中区新栄一丁目四九番一六号先路上(別紙図面(一)、(二)参照。図面(一)は本件事故現場の交差点の全体図であり、図面(二)は事故発生付近の部分図である。)

(三) 加害車 被告運転の普通乗用自動車

(四) 被害者 原告(歩行者)

(五) 態様 原告が前記路上の横断歩道を東から西へ横断歩行中、加害車が北進して来て前記図面(一)及び(二)の<×>地点で衝突し、原告は路上に転倒した。

(六) 傷害 頭部打撲擦過傷、脳震盪、鼻根部前頭部擦過傷、左膝、左足背擦過傷、右示・中・環指・手背擦過傷、右拇指挫傷、左第二趾基節骨々折

2  責任原因

被告は加害車を自己のために運行の用に供する者である。

二  争点

1  原告は、前記傷害(以下「本件傷害」という。)並びにこれによる出血性胃十二指腸潰よう、腰痛症、左膝打撲、頸痛、右拇趾痛等及び左白内障の治療のため、市川病院に昭和六三年一月二九日から同年三月五日まで(三七日間)入院したほか、樫尾病院等に同年三月八日から平成元年九月末日まで入通院したと主張する。

2  これに対し、被告は、市川病院における入院治療が本件傷害の治療のためのものであることは認めるが、それ以後の樫尾病院等における治療は、本件事故による受傷とは無関係な十二指腸潰よう等の治療のためであると主張して、原告の損害額を争うほか、原告は歩行者用信号が赤であるのを無視して横断していた過失があるとして、過失相談の抗弁を主張している。

第三争点に対する判断

一  本件傷害の治療経過と因果関係

1  治療経過

(一) 原告は、本件傷害により昭和六三年一月二九日から同年三月五日まで市川病院に入院中の同年二月一八日に左眼の急性白内障を発症し、手術を要すると診断されたが、右眼が見えるので、手術の必要性を感じておらず、現在に至つている(甲一三、原告本人)。

(二) 原告は、前記の如く市川病院を退院したが、腰痛、左膝内側の痛み、後頸部痛、右拇趾痛等の症状が残つており、その治療のため、従前から西式健康法を実施していることで通院していた樫尾病院に昭和六三年三月八日から同年四月一日まで通院した(甲七、甲八、甲一一、原告本人)。

(三) しかるに、原告は、この間の同年三月一六日に法事のため京都へ出掛け風邪を引いて体調をくずし、同月一八日ころ十二指腸潰ようを併発し、自宅療法を試みるも改善せず、同年四月五日から同月七日まで樫尾病院に入院したが、同病院の勧めで同月七日から翌五月二日まで国立名古屋病院に入院し、十二指腸潰ようの治療を受けたところ、ほぼ軽快した。その後、原告は、前記(二)記載の諸症状の治療をも兼ねて国立名古屋病院に平成元年七月七日から同年一二月七日まで(実通院日数三二日)通院したが、十二指腸潰ようは平成元年七月二〇日現在で瘢痕治癒した(甲七、甲八、甲一〇、甲一四、乙二八、原告本人)。

(四) また、原告は、前記(二)記載の諸症状の治療のため、樫尾病院にも昭和六三年六月三日から同月一七日まで通院した(甲八、甲一一、原告本人)。

2  因果関係

(一) 原告の急性白内障については、老人性のものと推認されるが、本件事故との因果関係が肯定される余地があるとしても、その治療の必要性を感ずるほどではないというのであるから、本件受傷の治療期間及び損害の認定判断には影響を及ぼさないと考える。

(二) 原告の十二指腸潰ようについては、その発症は風邪をこじらせたのが直接の原因と窺われるが、本件事故による体調不全が誘因となつていないとは断定できないように思われる。したがつて、本件事故につき三割程度の寄与を認めるのが相当であると考える。

(三) 原告の前記1(二)記載の諸症状は、前記1の治療経過に照らし、本件傷害によるものと認めるのが相当である。しかして、右症状は、甲七、甲八、甲一一によれば、昭和六三年六月ころからほとんど症状不変であつて、遅くとも同年一二月三〇日ころには症状固定したものと認めるのが相当である。

二  損害額

1  付添看護料(請求二〇万三五〇〇円) 一四万八〇〇〇円

原告は三七日間の付添看護を要し、妻がこれに当たつたが(甲六、原告本人)、その看護料は右金額(一日当たり四〇〇〇円)と認めるのが相当である。

2  入院雑費(請求八万五八〇〇円) 四万九九四〇円

右三七日と、十二指腸潰ようを治療するために入院したと認められる二八日については前記のような理由により本件事故の寄与割合の一〇分の三について計算することとし、一日当たり一一〇〇円と認めるのが相当であるから、右金額となる。

(37×1,100)+(28÷10×3×1,100)=49,940

3  休養損害(請求六〇〇万円) 二八五万円

(一) 入・通院状況

甲八、甲一四、乙二八によれば、原告は、本件事故当日の昭和六三年一月二九日から同年三月五日まで入院、三月八日から翌四月一日まで通院(実通院日数一四日)、同月五日から翌五月二日まで入院、翌六月三日から同月一七日まで通院(実通院日数一一日)、翌七月七日から平成元年一二月七日まで通院(実通院日数三二日で、一か月に二回程度)をしていることが認められる。

(二) 原告の職業及び収入等

甲二ないし五、甲一二及び原告本人によれば、原告は一級建築士の資格を有するものであるが、本件事故当時、日本キヤメエンジニアリング株式会社に勤務し、部長名称で総括的な仕事を担当し、一か月三〇万円の給与を得ていたが、前記入・通院により、昭和六三年一月二九日から平成元年九月三〇日まで欠勤したため、この間の給与を支給されず、平成元年一〇月一日から出勤したが、会社では原告の代わりの社員を入社させていたため、原告の給与は減額され、一か月一四万円の給与しか支給されなかつたことが認められる。

(三) 右(一)及び(二)認定の事実に、前記一(本件傷害の治療経過と因果関係)認定の事実を総合して勘案すると、原告の休業損害については次のように見るのが相当であると考える。

(1) 昭和六三年一月二九日から同年六月三〇日までの間

右期間は、十二指腸潰ようについての本件事故の寄与割合を前記程度と認めることを勘案しても、一〇〇パーセント稼働しえなかつたものと認めるのが相当である。そこで、この間約五か月分の休業損害を一五〇万円と認める。

(2) 昭和六三年七月一日から同年一二月三一日までの間

原告の前記症状の内容及び通院状況に照らし、右期間を通じて五〇パーセント稼働しえなかつたものと認めるのが相当である。したがつて、この間の六か月分の休業損害を九〇万円と認める。

(3) 平成元年一月一日から同二年三月三一日までの間

右期間は前記の如く原告の前記症状固定後の期間であるところ、右症状はその内容に照らし自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表第一四級一〇号相当程度のものであるとみられることをも勘案し、右期間を通じて一〇パーセント稼働しえなかつたものと認めるのが相当である。したがつて、この間の一五か月分の休業損害(実質は逸失利益)を四五万円と認める。

4  慰謝料(請求二九六万円) 一九〇万円

原告の受傷の部位・程度、入・通院期間、固定症状の内容・程度等を考慮すると、右金額が相当である。

三  過失相殺

1  乙八ないし一一、乙一二(一部)、乙一六ないし一八、乙二四、乙二六及び原告本人(一部)によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件事故現場の状況は、別紙図面(一)記載のとおりである。本件交差点は七本の道路が変則的に交差していて、車両の交通量の多い交差点である。最高速度は時速五〇キロメートルに規制されている。夜間は街路灯があつて明るく、見とおしも良い。

(二) 被告は、加害車を運転して、別紙図面(一)記載のとおり本件交差点を吹上方面から右折して来て広小路交差点方面に向つて北進しようとしたが、対面信号が赤色を表示していたため、<1>地点において車両と同様に信号待ちをして停止した。次いで、被告は、対面信号が青色の表示に変わつたので、車両に続いて発進したが、車両の進路に気を取られ、進路前方及び左右に対する注意を欠き、時速約三〇キロメートルで進行したため、折から本件横断歩道の別紙図面(二)の<イ>地点を右方から左方に横断歩行中の原告を約七メートル右前方の<2>地点に迫つてようやく発見し、急制動の措置をとつたが間に合わず、<×>地点で加害車の左前部付近を原告に衝突させて原告を路上に転倒させた。

(三) 他方、原告は、本件横断歩道を歩行者用信号が青色を表示していたので横断を始めたが、中央分離帯付近に差しかかるか否かのうちに信号が青色点滅の表示から赤色の表示に変わつたので小走りで渡り終えようとしたが、左方に対する注意を欠いたため、別紙図面(二)の<×>地点で加害車と衝突した。

2  右1の事実が認められ、乙一二、乙一九ないし二一及び原告本人中、右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。その理由は次のとおりである。

(一) 本件交差点は一方通行を含んだ複雑な交差点であつて、日ごろ車両の交通量も多く、事故当時も車両の交通の交通量が多かつたと推認される(乙一一、原告本人)。

(二) 事故に至るまでの被告の供述は一貫しており、加害車の進行状況につき疑念を抱かせるような点は窺われない。これに対し、原告は、一旦は前記認定に副う自己に不利な供述をしたと認められる(乙六、乙二六)のに、これを否定する態度に出ており、その供述は変転している(原告の供述の変転は、本件横断歩道を渡る際の歩行速度にも現われている。)。

(三) 乙九によれば、原告の歩行者用信号と被告の対面信号との信号サイクルは、右歩行者用信号が青色の表示四二秒及び青点滅の表示八秒で赤色の表示に変わり、その赤色の表示が一三秒(うち全赤色の表示が五秒)続いた後、右対面信号が赤色の表示から青色の表示に変わる。

そこで、原告は、別紙図面(二)の<ア>地点(乙一六の<2>地点)で歩行者用信号が赤色の表示から青色の表示に変わつたのを見たと供述するところ、右<ア>地点から右図面<×>地点(乙一六の<3>地点)までの距離は約四六・一メートルであるから、これを弁論の全趣旨により事故の際の原告の歩行速度と推認される秒速一・二九メートルで割ると、原告が右距離間を歩行するのに要した時間は約三五・七秒と推認されることになるので、原告にとつては、右<×>地点で歩行者用信号が青色を表示している時間は未だ約六秒残つていたことになり、青色点滅を表示する時間を加えると約一四秒も残つていたことになる。

(四) 以上(一)ないし(三)の諸点に照らすと、原告の事故発生状況についての供述は措信し難いといわざるをえない。

しかして、前記の如く、原告の歩行者用信号が赤色の表示に変わつてから被告の対面信号が青色の表示に変わるまでには一三秒の時間があり、さらに弁論の全趣旨に照らし加害車が一旦停止地点<1>から対面信号の青色の表示で発信して衝突地点に至るまでに約五秒を要するとすれば、原告は歩行者用信号が赤色の表示に変わつてから衝突するに至るまで約一八秒の時間があつたことになる。

そこで、乙一六によれば、本件横断歩道の東側端から別紙図面(二)の<×>地点までは約三四・五メートルであるから、原告がこの間を秒速一・二九メートルで歩行して来たとすれば一八秒間で二三・二二メートル歩行したことになるので、この距離を右の三四・五メートルから差し引くと一一・二八メートル残ることになる。そうすると、原告の歩行速度を秒速一・二九メートルとして計算すれば、この距離を歩くのに約八・七秒を要したことになるので、結局、原告は、歩行者用信号が青色点滅(八秒)を表示する直前に本件横断歩道を渡り始めたことになる(なお、この点は、原告の歩行速度が秒速一・二九メートルより早ければ、それに相応する分だけ早く渡り始めたことになる。逆に、前記認定のように、原告は歩行者用信号が赤色の表示に変わつたので小走りになつたのであるから、このことを勘案すると、当初の歩行速度いかんによつては、あるいは右の認定より遅く青色点滅の表示で本件横断歩道を渡り始めたことも推認されないではない。)。いずれにしろ、右に検討したところよりすれば、原告は、歩行者用信号が赤色の表示に変わつたときは、中央分離帯付近にいたかあるいはその地点までも至つていなかつたと推認され、これを覆すに足りる証拠はない。

3  被告は、対面信号が青色の表示に変わつたと同時に発進し、本件横断歩道を通過しようとしたのであるが、このような場合、車両の運転者は、横断歩行者の有無及び安全を確認して進行すべき注意義務があるところ、被告は、これを怠り、前示のように左前方を同一方向に進行する車両に気を取られて進行したため本件事故を生じさせた過失がある。

他方、原告には、歩行者用信号が赤色の表示に変わつたのに、左方から進行して来る車両に対する注意をしなかつた過失がある。

そこで、本件交差点の状況、両者の過失の内容等を考慮すると、その過失割合は、被告が七割、原告が三割と認めるのが相当である。

ところで、弁論の全趣旨によれば、被告は原告の治療費として六〇万四〇二〇円を支払つたことが認められるので、原告の損害額は、前記二の1ないし4の合計四九四万七九四〇円に右六〇万四〇二〇円を加算した五五五万一九六〇円となるから、この三割を過失相殺により減額すると、被告が原告に対して賠償すべき損害額は三八八万六三七二円となる。

四  損害の填補 一六五万円

弁論の全趣旨によれば、原告は損害の填補として右金員を受領したことが認められるので、これを控除すると、被告が原告に対し賠償すべき損害額は二二三万六三七二円となる。

五  弁護士費用(請求九〇万円) 二〇万円

原告が被告に対し本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求めうる弁護士費用は、本件事故当時の現価に引き直して二〇万円と認めるのが相当である。

六  結論

以上によれば、原告の請求は、二四三万六三七二円及びこれに対する本件事故発生日の昭和六三年一月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 寺本榮一)

図面(一)

<省略>

図面(二)

<省略>

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